お米はどこから来たか?|ライスロード

お米が歴お米史上に登場するのは、一番古いお米の記述は、紀元前12~13世紀で、インドの古典「リグ・ヴェーダ」の中にイネの名前が出てきます。

最初はアワやヒエなどを植えて育てていたのですが、イネの水田栽培ができることが分かり、何よりおいしいことから、栽培が発展したと言われています。

水田で育てた稲は、安定的な収穫を産むので次第に広がっていったようです。

稲作は、中国の長江で今から約1万~7000年前から始まったとされています。長江下流の河姆渡(かぼと)遺跡では7000年前のイネの化石が発券されています。

そこから日本に上陸したのは、縄文時代の3000年前で、岡山県の南溝手遺跡では出土した土器に稲モミの後が残っていました。

どうやって日本に流れてきたのか、ライスロードをたどる

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(画像引用:Okome-ya.Net 「お米の知識」)

日本には、三つのルートで稲作が伝わったとみられていて、一つが中国北部からきた北方ルート、二つ目が中国の華南からきた南方ルート、三つ目が、揚子江・東シナ海ルートです。

日本に上陸してからは、3000年以上、お米は文化にも経済にもなり、日本人には切っては切り離せないようになっています。